Spotifyを手放せない理由|音楽と自己防衛

私には、どうしても解約できないサブスクがある。音楽ストリーミングサービス「Spotify」だ。「脱スマホ」を掲げながらも、これだけは手放せない。それは私が純粋に音楽を愛しているから……という以上に、現代という「外の世界」を生き抜くために、音楽という名の「壁」が必要だからだ。

それには理由がある。今日は、音楽が「大衆化」し、蛇口をひねれば出る水のように消費される現代において、その現象の本質を探ってみたい。

目次

耳の中に、自分のための場所を作る

木の机に置かれたヘッドホン(イメージ写真)

通勤中にAirPods Pro 2を使い、Spotifyから音楽を流す。私にとってそれは、曲を選ぶ行為であると同時に、外の世界から少し距離を取る時間でもある。

疲れている日には、歌詞や演奏の細部を味わう余裕がない。それでも音楽を聴くと、自分のペースを取り戻せることがある。「自己防衛」という言葉は、その個人的な感覚を表している。医療的な効果を述べているわけではない。

作品を聴いているのか、空間を整えているのか

ここで少し後ろめたさが生まれる。作り手が時間をかけた曲を、私は周囲の音を遠ざけるために使っていないか。次の曲へ移るのが簡単なぶん、印象が残る前に流してしまうこともある。

でも、ながら聴きが必ず作品への不誠実さになるとも思わない。生活の中で出会った曲に、あとから深く惹かれることもある。便利さそのものより、自分がどう聴いているかを時々確かめたいのだ。

二つの聴き方を、行き来する
聴き方私にとっての役割小さな工夫
生活を支える音楽移動や作業の時間を、自分のペースで過ごす。聴き終わった後の気持ちを確かめる。
作品に向き合う音楽歌詞、音、曲の流れを味わう。気になった1曲を、他の作業を止めて聴く。

便利さの中に、意識して聴く時間を残す

ノートとペンとスマートフォンを置いた机(イメージ写真)

昔の聴き方を理想化するより、今の自分にできることを考える。曲名と作り手を確かめる。気になった曲を保存する。アルバムを一枚、順番に聴いてみる。大きな儀式でなくても、流れていた音に輪郭が戻る。

毎回そんな余裕があるわけではない。疲れた日は、音楽に支えてもらえばいい。ただ、元気がある日に一曲だけでも立ち止まる。その往復ができるなら、音楽を生活の道具にすることと、作品として大事にすることは両立すると思う。

自分の場所を、閉じ切らないために

イヤホンの中に作る場所は心地よい。しかし、移動中は周囲の状況が分かることも大切だ。使う場所に合わせて音量や設定を選び、必要な場面では外す。自分の平穏を守ることと、安全に動くことを一緒に考えたい。

私がSpotifyを解約できないのは、曲の数だけが理由ではない。日常に、自分のための小さな場所を作れるからだ。そこに閉じこもる日も、作品と丁寧に向き合う日もある。そのどちらも認めながら、今日も音楽を選んでいる。

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この記事を書いた人

こんにちは、モロヘイヤです。平均年収より少し下の、20代後半の会社員です。民間の教育機関で働いています。

「学び・仕事・お金・健康・好きなこと」を軸に、自分の経験と試行錯誤を発信。愛用品は、自分で買って使い、本当にすすめたいものだけを紹介しています。

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